犬 歯科症例 3ページ目
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歯周病により歯槽骨の水平吸収と垂直吸収を起こしていた症例
歯周病に罹患し、ステージが進行すると歯を包んでいる骨である歯槽骨が溶けて吸収されていきます。
この吸収のパターンに垂直吸収と水平吸収があります。
左下の一番大きな歯である下顎第一後臼歯(309)に中程度の歯周病がありました。
この状態では歯石に覆われていて、歯周病の全容は見えません。
レントゲン画像を見てみると、歯周病の進行具合がわかります。
黄色のラインが本来の歯槽骨がある高さのレベルです。
そして、赤のラインが現在の歯槽骨がある高さです。
複数の歯に渡って歯槽骨が吸収されているのがわかります。
この状態が水平吸収です。
歯自体は動揺もなく健康だったので歯石を除去し、歯肉ポケットを減少させる処置をして保存しました。
処置後に適切なハミガキができれば、この状態で維持できると思われます。
反対側の下顎第一後臼歯(409)は重度の歯周病でした。
同じように歯石に覆われていて、歯周病の全容は見えません。
レントゲン画像を見てみると、歯根周囲に赤のラインで囲った部分で歯槽骨吸収がありました。
後ろ側の歯根では周囲全体が吸収されているのがわかります。この状態が垂直吸収です。
また、前側の歯根では根尖周囲のみ吸収があり、根尖周囲病巣があると考えられました。
この状態の歯は保存しておいても再発、進行するのが容易に予想できたので抜歯しました。
抜歯した歯の状態です。
後ろ側の歯根は全体が黒い歯石に覆われており、重度の歯周病があったことを物語っています。
前側の歯根は根尖周囲にのみ病変が形成されていたので、歯根はきれいな状態です
抜歯後は歯槽骨を削って滑らかにした後、歯肉縫合を行いました。
超小型犬の歯のトラブル
チワワやヨークシャーテリア、トイプードルなどの超小型犬は交配を重ね、小さくなるように作られた犬種では歯のトラブルが多くなる傾向にあります。
体が小さくなると顎も小さくなりますが、歯の大きさはそれほど小さくはなりません。そのため、小さな口の中に比較的大きな歯がギチギチに生えてきたり、不完全な萌出となります。
その歯並びの悪さにより歯垢の蓄積が進み、結果として歯周病に罹患しやすくなります。
今回の症例は体重950gのヨークシャーテリアです。保護された犬のため正確な年齢はわかりませんが4〜6歳の成犬であると推測されました。
切歯と犬歯の乳歯遺残、クラス1不正咬合、重度の歯石沈着、複数の歯の欠歯、萌出不全といくつもの歯疾患を併発していました。
遺残していた乳歯と重度の歯周病に罹患していた歯を抜歯し、歯肉縫合を行いました。残りの歯は歯石除去を行い保存しました。
一部萌出が不正ですが、十分に使用できる状態の歯でした。
かなり体が小さな子でしたが、麻酔前検査では異常を示すデータはなく、実際の麻酔後も術中および覚醒も良好でした。
体が大きく成長しない子は門脈シャントなどの生まれつきの病気がある可能性も高いですが、術前に検査をすることで安全に麻酔をかけることが可能です。
不快な状態で過ごすよりも、処置をして快適な状態にしてあげることが動物にとっての利益になります。
見た目に惑わされない根尖周囲病巣の治療
根尖周囲病巣とは歯根の先で病変が発生し周囲に広がっている状態です。
病巣ができる原因は感染による膿や腫瘍、嚢胞などがあります。歯周病や歯の破折などのように見た目で異常がある歯で根尖周囲病巣(多くは膿瘍)ができていることが多いですが、中には見た目にほとんど異常がないにも関わらずレントゲン検査で発見できる場合もあります。
今回の症例は口臭がひどいために歯石取りを希望されて来院しました。
臼歯に歯石が沈着していますが、歯肉の炎症も軽度で初期の歯周病といった感じです。
歯石除去後の状態も歯肉はしっかりとあり、色も正常です。
口蓋側からみてもそれほど大きな異常はみられませんでした。
しかしレントゲンを撮ってみると、第1後臼歯の口蓋根周囲に歯槽骨吸収がありました。根尖の周りがぽっかりと黒くなっているのがわかります。これが根尖周囲病巣の存在をしめす所見です。この段階では、膿瘍なのか腫瘍なのかわかりません。
反対側の第1後臼歯と比較してみると、その違いはよくわかります。
根尖周囲病巣がある歯は痛みがあり、保存が難しいので抜歯を行いました。抜歯窩から悪臭のする膿が排出されたので膿瘍であった可能性が高いです。抜歯後は歯肉粘膜フラップをつくり縫合を行いました。
抜歯した歯をみると、歯根に歯石の付着が無く、重度の歯周病を起こしていたようには見えませんでした。歯周病以外の何らかの理由(外傷、熱、化学的ダメージ、奇形など)で歯に歯髄炎などの障害が起こり、感染を起こしたのかもしれません。
今回のように、歯には見た目ではわからない病気が起こることもあります。悪臭などの口の中の異常を感じた場合は早めに検査をして治療をすることが大切です。放っておくとそれだけ動物に痛みを我慢させ続けることになりますし、より多くの歯を失わせることに繋がりかねません。
犬歯欠歯の症例
以前に超小型犬の歯のトラブルの項目で書きましたが、チワワやヨークシャーテリアなどの小さい犬種は歯のトラブル起きやすい傾向にあります。
今回は下顎の犬歯が生えてこなかったチワワの症例に遭遇しました。
上顎の犬歯は永久歯が半分ほど生えてきており(赤矢印)、乳歯が抜けずに残っていました。(黄矢印)
下顎は永久歯が見えておらず、乳歯だけが生えている状態でした。外観では、これから永久歯が生えてくるかわからないのでレントゲンを撮って確認しました。
レントゲン写真です。
上顎は永久歯(赤矢印)と乳歯(黄矢印)が並んで生えているのが見えます。
対して下顎では、乳歯(黄矢印)だけがあり、下顎骨の中に永久歯が確認できません。
この子は下顎の永久犬歯が作られていないために、萌出が起こらなかった様子です。この場合、乳犬歯をそのまま残し、使用していくことになります。
上顎の乳歯は、今後の生活の邪魔になるので抜歯を行いました。
このように、まれに永久歯が生えてこないことがあります。永久歯が作られているが生えてくる力がない場合と、今回のように永久歯自体が作られていない場合があります。
犬歯の生え変わりはだいたい7か月齢で起こります。その頃に、完全に永久歯に生え変わっていない場合は歯科検査を受けることをおすすめします。
破折しているが露髄をしていない場合の治療
露髄とは、歯の破折によって歯髄(歯の中心にある神経や血管などが通っている組織)が露出している状態のことです。露髄を起こしていると、噛む時に痛みがあったり、細菌が侵入して根尖に感染巣をつくることがあります。そのため露髄した歯はできるだけ早めに治療をする必要があります。
露髄をしていない場合は、急激な痛みは起こりにくいですが、やはり知覚過敏や感染の原因になるので早めに治療をした方が良いです。
露髄をしていない場合の治療法は、歯の破折の深さによって変わります。割れた部分の歯質の厚みが十分あるときは修復材で埋めるだけで良いです。歯質の厚みが少なく、すぐ下に歯髄があるときは歯髄覆罩術を行い、歯髄を保護してから歯冠を修復します。
今回の症例では左上顎第4前臼歯の外側が破折していました。視診では露髄しているように見えましたが、麻酔下で検査をしてみると歯質がわずかに残っており、露髄をしていませんでした。そのため歯髄覆罩術での治療を行いました。
歯髄を保護する薬剤を入れるために窩洞を形成したところです。この際に窩洞が歯髄まで到達したため直接歯髄覆罩術を行うことになりました。歯髄からの出血を止めた後、水酸化カルシウムを塗布しました。
次に裏層としてグラスアイオノマーセメントを窩洞内に充填しました。
最後に光重合レジンで窩洞と歯冠の表面を埋め、形成しました。見た目では処置した部分はほとんどわからなくなりました。数か月後に処置した部分の下に象牙質による壁が形成され歯髄の保護がなされると思われます。
下顎臼歯破折の治療
以前に、折れやすい歯の部位についてお話ししましたが、今回はあまり折れない部分の歯の破折症例がきました。
右下顎第4前臼歯の歯冠破折・露髄ありです。
歯冠中央の先端がかけて露髄しています。(赤矢印)
また、遠位の歯冠がはがれるように割れているのがわかります。(黄矢印)
機能歯ではないのでさほど重要な歯ではないので抜歯をしても良いのですが、まだ1歳くらいで若かったこともあり、飼い主さんが保存を希望されたので抜髄根管充填を行いました。
歯髄を除去した後、清掃しながら根管を拡大しました。
十分に根管が拡大出来たので充填を行いました。
充填はガッタパーチャーとよばれる樹脂を用います。最初に太めのものを入れ、隙間に細いものを詰め込んで隙間を無くしていきます。
確実に充填出来ているかはレントゲンで確認しました。先端にしっかりガッタパーチャーが入っているかが重要です。
十分に充填出来たら、セメントで裏層をしていきます。
最後に表面をレジンで固め、形を整えたら終了です。
重度歯周病により口腔鼻腔瘻を起こした症例
歯周病は歯を支える歯槽骨を溶かして進行していきます。
上顎犬歯に歯周病が起こった場合、内側の歯槽骨が溶かされ、鼻腔と繋がってしまうことがあります。この状態を口腔鼻腔瘻といいます。
歯根の細菌が鼻腔に入ることにより、慢性的に鼻炎をおこし、くしゃみや鼻汁を日常的に出すようになってしまいます。
口腔鼻腔瘻の治療は罹患歯の抜歯をするしかなく、さらに抜歯窩をきれいにしたあと、歯肉粘膜フラップを形成して蓋をしないと傷がふさがらずに口腔内と鼻腔内が連絡したままで治癒してしまいます。
今回の症例では右上顎犬歯が重度の歯周病に罹患していました。外側からの見た面はあまり悪く見えませんが、この歯はグラグラと動揺してました。内側の歯周病が進行しており、ポケットはかなり深くなっていました。そしてポケット内を清掃すると右鼻から出血がありました。
抜歯を行ったところです。歯槽骨に大きな穴が開いており、鼻腔へ繋がっていました。中に溜まっていた膿や不良肉芽を取り除き洗浄しました。
抜歯した犬歯には歯根に多量の歯石が付着していました。かなり深部まで歯周病が進行していたのがわかります。
歯肉粘膜フラップを形成して縫合しました。このとき、フラップに張力を掛けると癒合する前に裂けてしまいます。そうすると口腔鼻腔瘻は治癒しません。歯肉粘膜フラップを丁寧に作ることが手術の成功に大切なことです。
術後2週間目の状態です。
フラップが癒合し、瘻管が塞がっていることが確認できます。
フラップがうまく癒合し、口腔鼻腔瘻が治癒すればくしゃみや鼻汁などの症状は徐々に消失します。
犬の口腔鼻腔瘻の追加症例
上記の症例と同様の状態です。
やはり頬側の見た目はそれほど重度には見えません。
しかし口蓋側はプローブが深くささり、深いポケットが形成されているのが確認できました。
フラップを形成し、抜歯をすると抜歯窩に膿が貯留していました。
抜歯窩を掻把し清掃すると、鼻腔と連絡している瘻管が確認できました。
抜歯を行いフラップを縫合し、癒合すればこの病気は治癒します。
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